ホワイトノイズ

3/12
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 久しぶりにスキー靴を履いた。ちょっと足がむくんだかな、と思う。  私の実家はスキー場の近くで旅館を営んでいる。冬は当然かき入れ時で、普段は近くの街で事務の仕事をしている私も、土日や年末年始の休暇になると手伝わされている。年始の忙しさが過ぎ、今日は「たまには遊んでこい」という父の言葉に甘んじて、スキー場に向かった。  スキー場のリフトは、この地球上で普通に生活をしていて、一番重力を感じる場所だと思う。リフトからぶら下がる二枚のスキー板はひどく所在なげなのに、その実、私の両足を容赦なく下界へと誘おうとしている。数メートル下、真っ白な雪山の斜面に。  流行っているらしいヒットソングと、ローラーの回転音が近づいて、がたがたとリフトが上下に揺れて、後ろへと遠ざかっていく。それを二十回ほど繰り返せば山頂が見えてくる。とんがりの上には、雪こそ降っていないけれど、グレーの空模様。  リフトから降りて、ストックで新雪をさくっ、さくっと刺していく。ほわっと心の中に幸せが広がる。するりするりと板を前に進めていけば、眼下にはどこまでも続いていく連峰が広がっている。ヒットソングも、エコーを繰り返して、遠く彼方に。  まだほとんど人の通っていないゲレンデに、飛び出す。  小刻みなターンで、頂上付近の急斜面を一気に滑り降りていく。両の頬を刺す冷たい風が気持ちいい。幼少期から知り尽くした山だから、多少ブランクがあっても、チューニングしながら滑走できる。  ブレーキをかけて、エッジで大げさに雪をはじけさせる。子供の頃からの癖だ。舞い上がった雪が、純白のベールとなり自分を包み込むのが好きだから。  その向こうに、白いニット帽の人影が見えてはっとした。そのスキーヤーの男性はあっという間に滑り降りて、見えなくなった。辺りを覆う定番のウインター・ソングの音割れがうるさい。雪がほわほわと降り始めている。私はストックで勢いをつけて、板を斜面の下へ向ける。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!