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ホワイトノイズ
リモコン操作を間違えたテレビが、白黒の砂嵐をけたたましく映し始める。
すぐに隣のBSボタンを押して、黒い額縁の中身が正常に風景を動かし始めるのを確認した。温暖そうな海外の遊歩道に猫がむにゃむにゃとくつろいでいる。少し目を横に逸らせば、窓の外には、夜の暗幕の下、一面真っ白な世界が静かに横たわっている。
「さっきの、久々に見たな」
父のしゃがれた声に続いて、背後で湯呑みがかちゃりと音を立てた。
湯呑みを手に取る。茶葉の薫りを含んだ湯気が私の前に白いカーテンを織り成す。
「お父さん、アナログ放送っていつ終わったんだっけ」
「覚えてる訳ないだろ」
たぶん十年かそこらだと思うけれど、境界は曖昧だ。きっと徐々に移行作業が進んでいたのだろう。このテレビのリモコンに「地アナ」「地デジ」両方のボタンがあるのが、その何よりの示唆だ。
「昔は、お前に砂嵐の音を聞かせたりしてたな。覚えてるか」
「待って、それってどれくらい昔」
「まだ一歳とか、それくらいの頃かな」
覚えているはずがない。三つ子の魂は百まで持つらしいけど、その二年も前だ。三十歳の自分が覚えているには到底無理がある。
「砂嵐を聞かせたら、赤ん坊は落ち着くって聞いてな。そんなので泣き止むようなタマじゃなかったけどな」
「どうもすみません」
お茶をすすりながら、四角い箱が南国の街中を散歩しているのを眺める。浅黒い肌で小太りの男性が陽気に手を振っている。この人たちにとっての日常。今まったく同じ時間にも、きっと彼らはこうして賑やかな太陽の光の下で伸びやかに歩いているのだろう。その日常は、雪に囲まれた日本のこの場所の日常と、何万キロメートル離れているのだろう。
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