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激昂した男の手には、刃物が握られていた。
「やめ
言葉になる前に、喉が熱くなる。視線を下に向けると、刃物の柄が見えた。
刺さっている。
生温い何かが、喉から溢れ出て、後ろに倒れた。
見上げると、先ほどの男の子が立っている。
こちらを無表情で見下ろしている。
逃げなさい!!
逃げなさい!!
言葉にならない声で呻いた。
男の子は、悲しそうな顔をした。
「大丈夫、死んだのは、おじさんじゃないよ」
少し変わったイントネーションで、そう口にした。
その後の記憶はない。
あとから聞いた話によると、昔このあたりのアパートの前で、夫が外国人妻と子供を刺殺する事件があったらしい。妻は子供を、深夜に良く外に連れ出していた。夫が酔って帰ってきて暴れるからだ。
事件の日も、家に戻ってきたところ、夫に刃物を持って追いかけられ、逃げる途中で刺されたらしい。母親から先に刺され、子供はその間走り回り叫んでという。
しかし逃げ切れず、彼も父親に殺された。
ああ。
いつのまにか、アパートの窓から覗いていた子供は消えていた。おかしいと思ったのは、あそこは私の部屋なのだ。
私に子供はいない。
ああ、そうか。
私は目を細めた。
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