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どがぁぁん!
ぐしゃ、ぼき、ごき。
「……え?」
それは一瞬の出来事だった。向かい合って座っていたはずの彼女の体が、まるで紙切れのように吹っ飛ぶのが見えた。次の刹那、私の目の前の机を吹き飛ばして視界を塞ぐ大きな車体。――カフェの窓に、トラックが突っ込んできたのだと気づくのは――数秒後のこと。
そして。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
トラックの向こうから、つんざくような悲鳴が聞こえた。
「いだ……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!助けてっ、助けてええええええええ!!」
「す、鈴子っ!!」
濁ったような、喉を引き絞るような絶叫。私は慌てて立ち上がり、トラックの後ろをぐるりと回って彼女の方へと向かった。私自身は飛んできた破片で少し怪我をしただけだ。しかし、彼女は。
「てが……っ…わ、わたし、のて、てっ…!!」
彼女は両腕を――車の前輪に巻き込まれて、激痛にのたうち回って苦しんでいた。一見すると彼女がタイヤの間に腕を差し込んでいるだけのように見えるかもしれない。でもその下から――真っ赤な血と、肉と骨の断片がじわじわと流れ出してきたともなれば――その腕がどんな状態かなど言うまでもない事だろう。
――あぁ……そんな、そんな!
私は嫌でも理解させられることになる。吐き気を堪え、割れた破片と血でまみれた床に座り込み、ぐるぐる回る頭で結論を出したのだ。
――彼女の両腕は持っていかれた!噂の儀式の通りに、その願いの対価にっ!こんな、こんなことってあるの、ねえ……!?
彼女の腕は、二度と元には戻らない。もう、せっかく上手くなったクラリネットを持つことも、もうできはしない。
そしてきっと。――噂はさらに次の噂を呼ぶのだろう。拡散され、真実を誰も知らぬまま――悲劇は繰り返されるのだ。
――楽に強くなったり、何もしないで手に入れられる幸せなんてどこにもない……。
誰もがわかっているはずのことを、私達は再び繰り返すのだ。
――手に入れられたとしたらそれは……人の魂さえ等しい程の、大きな代償を支払う羽目になる。
鈴子は泣いている。まだ救急車は来ない――助けられる者は現れないのだろう。
彼女の腕が、現代の医療ではけして治療できない状態にまでなるまでは。
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