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スマートフォンに意思が芽生えて喋りだす。そんなこと現実で起こるはずがない。
そう、それは甘い夢だった。
私の持っているスマートフォンが突然人間になって、優しく抱きしめてくれる夢。
夢の中とはいえ、それは不思議な展開で、握りしめていたスマートフォンの画面に映し出された光が大気中に溢れるように抜け出して、私より少しだけ背の高い人に変わってしまうのだ。
思わずその人を凝視するけど、もやのかかったようにぼんやりとしたその顔をしっかりと捉えることはできない。
突然のことに唖然とする私の頭をその人はそっと撫でる。そして、ゆっくりと腕を回してきた。
不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ、ぬるい体温がゆりかごのように包み込んでくれるような感覚で、どこか心地よさと懐かしさをはらんだ安心感がそこにはあった。
私は誰かも分からないその人を受け入れることを決め、目を瞑る。
すると、その人は耳元で何かを囁きだすんだけど、その言葉は聞き取れない。私も必死に耳を澄まして声を手繰ろうとするけども、君の言葉はまるでしゃぼん玉のようで、鼓膜を振るわせるには柔らかすぎた。
その人は、私の困ったような顔を見るなり、諦めたのか抱いている腕を離す。
悲しそうに小さなため息を吐くと、私に背を向け、どこかに行ってしまう。
背中が小さくなっていくのが、苦しかった。その背中が誰のかも分からないのに。
追いかけるべきか、追いかけない方がいいのか、悩みながら呆然と立ち尽くすうちにその人は見えなくなってしまう。
抱きしめてくれた後の温もりが徐々に消えていってしまうのが、残酷な時間の経過を知らせた。
ふと、スマートフォンに目を落とすと、いつの間にか電源が切れ、まるで抜け殻のように冷たくなっていて、私を温めてくれた体温の正体を悟る。
「ああ、そっか。君か。ずっと私の側にいてくれたのは君だったんだね」
近くにいてくれたのに、届かなくなってしまったその人へ送るはずのメッセージは、行き場所もなく戸惑うように漂って、宙に溶けた。
私は届かないと知っても、言葉を繰り返す。スマートフォンに向かって。
甘いけど、空しい、
そんな夢だ。
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