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残酷にも神は悪あがきの暇さえも与えてくれないようで、忘れ物に気づいたのもつかの間、教授が教室に入ってくるなりチャイムが鳴った。
「今日は確かあなたの番でしたよね」と穏やかに話しかけてくる教授の声が余命宣告にも聞こえてくる。
比奈とのんびりご飯食べてる場合じゃなった。もっと早く気づいておけばと後悔ばかりが冷や汗となって内側から湧き出てくる。
死へのカウントダウンって本当に聞こえるんだなって思ったけど、それは高く弾む心臓の音。
今更、資料忘れたなんて言えない。だって今日の発表担当は私一人で、教室に来たみんな私のために集まっているようなものだから。
「どうしたの?」
隣に座る比奈が心配そうに目を向けてきた。
「あ、うん。大丈夫……大丈夫」
ふらふらと立ち上がって小教室の前に移動する。そんな私を取り囲む皆の視線が確実に心臓をえぐるかのように鋭く見え、ダーツの的にでも憑依した気分だった。もうやるしかない。どうせ死ぬわけじゃないしと心に決め、私はおぼつかない挨拶から発表を始めた。
だけど、こんな私が何の資料もなしに喋れれるはずがない。
「……えっと、先ほどの数値なんですけど……」
当たり前だが、序盤の方で言葉に詰まってしまう。だって、資料を忘れた私の調査報告なんて根拠はゼロで、新興宗教の教祖の演説の方がまだ論理的に聞こえてしまうくらいの出来だろう。
だが、危惧していた事態は思わぬ形で回避されることとなる。
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