4)君が側にいる理由

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夜勤の私たちにとって、バイトを終える時間がつまりは営業終了ということだ。 冷え込む夜中の空気に身をすくめながら店の入り口に出て、自動ドアの電源が切れていることを確認するとシャッターを閉め、店じまいを行う。 田村君と形式的にお疲れ様を言い合い、自宅に向かって歩き出す。彼とは途中まで同じ方向で、シフトが被った夜にはいつも一緒に帰っていた。 「そういえば、蓮が言ってたんだけど」 彼と歩いていると、この前蓮が彼について話していたことを思い出した。 「ああ、あの人ですか」 蓮と田村君は同じ学科であり、指導を受けてる教授も被っているらしく、共通の後輩とも言えた。 「何かレポート出し忘れてるとかで教授のとこ行った方がいいって」 「ああ、いいっすよ。僕大学とか行ってないんで」 突然の不登校発言に困っているこちらを気にすることなく、彼は流れるように言葉を続けた。 「大学って色々強制してくるじゃないですか。出席だとか、予習だとか、レポートもそうですし。僕は自分が自然体でいられないところには行かないって決めてるんで」 のんびりと歩きながら、白い息とともに田村君は清々しく笑った。 自然体、彼はそんな言葉が好きだ。いつも遅れて出勤しては悪びれることなくマイペースに過ごし、ここはまだ自然体でいれますね、と度々私に口にしてくるくらいだから。きっと、彼の人生において重要な指針となっている言葉なのだろう。 「でも単位落とすと退学になっちゃうよ」 「それでもいいじゃないですか。その場所が合ってないってだけなので。結局は流れるままに生きてたら、自分が自然体でいれる場所に行き着くようにできてるんです」 投げやりな言葉を達観したように言い切る彼に、私は作り笑いを浮かべて誤魔化すほかなかった。 彼の言葉を暴論だと思う半面、批判する気も起きなかったからだ。私はいつも思いを我慢してまで誰かに合わせ、必死に皆について行こうとしてしまう。だから、引かれたレールを無視して好き勝手歩いている彼のような人間を、心のどこかで羨ましいと感じているのかもしれない。
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