5)愛したのはだあれ

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喉元過ぎれば熱さを忘れる。世界がひっくり返るくらいに驚くような出来事でも、その衝撃は水面の波紋のようにいつの間にか消えていて、また退屈な日々が待っている。私みたいな平凡な大学生の日常なんて、スマホが喋ったくらいじゃ何も変わらなかった。 所有するスマートフォンが勝手に喋り出すようになってから、数か月くらいが経っただろうか。スマホが喋ることで起こった日常の変化といえば、話し相手が増えたことくらいだ。 もちろん、最初の頃は色々と気になることもあった。例えば、何故喋れるようになったのかという疑問であったり、もしかしたら他のスマホだって実は喋れたりするのかとか。だけど、スマホに聞いても上手くはぐらかされたり、肝心な時には黙ってしまったりと、かわされるうちにもうそれを追求することをやめてしまっていた。だから今でも発する言葉が機能なのか感情なのかはっきりしないままではあるものの、最早それに興味すらなくなりつつある。蓋を開けた炭酸と同じで、強烈な刺激なんて最初だけなのだ。 そんなわけで私は今も退屈な日常を送るプロとして現役のまま活躍中だ。 「先輩、僕の話聞いてましたか」 私のことを先輩、と呼ぶ男性にしては割と高めの耳馴染みある声。 そう、田村君の困ったような声で鼓膜が震えると、私はありふれたことばかり考える思考の世界からありふれた日常へと無時帰還を果たす。 「あっごめん、何の話してたっけ」 退屈な日常に目を瞑るくらいに物思いにふけってたとは、プロとして情けない。
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