5)愛したのはだあれ

3/10
前へ
/107ページ
次へ
「あの、奥にいるお客さんのことですよ」 田村君は話を聞いてなかった私に呆れ顔の一つもむけずに、話を戻そうと店内に目を向けて喋り出す。奥にいるお客さん、というワードを頼りに店内をざっと見渡すと、今店内をうろついてる客は幸いにも一人で、容易に田村君の雑談の筋に合流することができる。 「あの女の人がどうしたの」 レジに立つ私たちから真っすぐ見た視線の先にいたその客は、中肉中背の女の人で邦画準新作のコーナーでしゃがみ込んで熱心にDVDを選定している。若干距離のある私たちからもその柄が花柄であると確認できるくらいに華やかなワンピースに黒いカーディガンを羽織っていて、年齢は20代後半くらいだろうか。少し身なりは派手だが、他に目立った特徴もない普通の女性に見えた。 「知らないんですね」 田村君は私を試すような口ぶりで言いながらも、眉間を細めた表情は険しく、何か難しいことを考えているようでもあった。 「まあ、面識はないけど。どうかしたの」 「いや、最近よく来る常連の方だったので」 田村君ははぐらかすように目線を下に向けた。いつものあっけらかんとした彼らしくない所作で、どうもそれが引っかかる。 「そうかなぁ」 「週に三、四回くらい来てますよ」 私は客に対してあまり注目していないのでピンと来なかったが、彼の言うように本当に常連だとしてもわざわざ話題に出す必要などあるのだろうか。不可解ではあったものの、まあ男性が女性に興味を示すことなんて往々にしてあるので、理由を問い詰めるのも野暮な気がした。 「まあ、映画好きなんじゃない」 私の適当な一言で会話が流れると、店内BGMだけが沈黙を埋める何気ない仕事の一コマに戻る。 暫く経つとその女性はレジカウンターに来て邦画を何本か並べたが、そのどれもがミーハーな作品で、私の映画好き予測はあっさりと裏切られた。そして、向かい合った彼女に田村君がどこか腑に落ちない顔で目を向けたのは一瞬で、後は何事もなかったかのように店員としての対応をこなした。
/107ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加