いつかあなたに触れる時

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いつかあなたに触れる時

 朝、目が覚めた時に予感があった。今日が、私たちの運命の日だという予感が。  私はいつも通り朝の支度をして、朝食を取り、それから家の外に出た。  光の中に一本だけ生えた大きな木の下まで移動し、幹に身体を預けて、柔らかい草の上に腰を下ろす。  そのまま目を閉じて、私は待った。  小鳥の声と、風がそよぐ微かな音だけが辺りに満ちている。  不思議と、期待も不安もなかった。ただ、その時が来るという確信だけがあった。  どのくらい時間が経ったのだろう。  気配を感じてふっと目を開くと、私に止まって羽を休めていた蝶たちが一斉に飛び立った。  私の真正面、光との境目に、彼が立っていた。  「ああ……」  ついに来た。ずっと、この日を待っていた。  私は立ち上がり、彼の目の前までゆっくりと歩いて行った。彼は微笑んで待っていてくれた。  「本当に、あなたは何も変わらないのね……」  彼の正面に立ち、まっすぐに顔を見つめながら、私はそう言った。  彼は二十代の男性の姿をしていた。私と初めて出会った時と、何も変わらない。  「君は変わったね。この場所は少しも変わらないのに、君の姿を見て感じたよ。長い時が過ぎたんだってね」  彼は穏やかな声で言った。この声も、かつてと何も変わらない。  「私、おばあちゃんになったでしょ。こんなにしわが増えたのよ」 「そうだね。でも綺麗だよ。君を作り上げてきた時間の全てが、あるべき姿を作ったんだね」  彼はそう言って眩しそうに笑った。  「……今日、ここに来ないといけないって気がしたんだ。今日が約束の日に違いないってね」 「私もよ。目が覚めた時に思ったの。今日がその日だって……約束を果たす時が来たって」  私が笑うと、彼も笑った。そのまま彼に一歩近付くと、彼も一歩踏み出して私に近付いてくれた。  光と影の境界線を挟んで、私たちは手を伸ばせば触れられる位置に立った。私は彼の目を見つめ、自分の右手を彼の頬に向かって伸ばした。  約束は今、果たされようとしていた。  
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