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君のことを嫌だと言わない、君のことを否定しない僕は、君にとってはとても珍しかったのだろう。いつのまにか君はひいおばあちゃまよりも僕と一緒にいる時間が長くなった。
ひぐらしが鳴り止まないある日、僕たちが大好きなひいおばあちゃまが突然亡くなった。君は誰にも気がつかれないように大きな瞳にたくさんの涙を溜めて、僕をぎゅっと抱きしめた。ごめんなさいとありがとうが言えなかった。嗚咽混じりだけど、唯一聞き取れた君の言葉。僕は気持ちの限り、そんなことないよと伝えた。それからというもの悲しいことがある度に君はこっそり僕の前だけで涙を流した。いつも30秒以上抱きしめたらね、悲しみが薄れるの。君はいつもそんなことを言って、僕をぎゅっと抱きしめた。
君の体温が僕に伝わってくる。君の匂いが僕を包んだ。僕は僕のできる限りで、君が幸せになりますようにと祈った。
桜が咲いて、蝉が鳴いて、赤とんぼが飛んで、雪花の舞う季節になった。君は変わらず僕をぎゅっと抱きしめた。僕も気持ちの限り祈った。いつも同じ。長い年月が過ぎてもそれだけは何も変わらなかった。
吹雪が降り続いたある日、君は僕の知らないやつを連れてきた。その夜僕以外の胸を借りて、君は嬉しそうに泣いていた。君の感情は僕だけのものだった。そいつは誰?僕の疑問など何事もないように2人は部屋から出て行った。そしてそのまましばらく戻ってこなかった。僕は寂しさを感じながら、僕の役割の終わりを感じた。いつも僕は君の隣にいた。これから先も一緒に生きていくと思っていた。寒さを感じない僕の心が凍り始めていくようだった。薄れいく君の体温を、君の匂いを、僕は必死に思い出そうとしていた。
あの日からどれくらいの月日が経ったのだろう。窓の外には満開の桜の花咲き乱れている。久しぶりに階段をあがる足音が聞こえた。部屋の扉が開いて、男の人が部屋の窓を開いた。春風が吹いて、花びらが僕のお腹の上に乗った。そして君がやってきた。腕にはピンクのリボンをした小さな命を抱いていた。君に抱かれながらも小さな命は僕に手を伸ばして僕をぎゅっと抱きしめようと引き寄せた。昔の君のように強く僕を求めているのが分かった。彼女から君と同じ匂いを、体温を感じた。そして君は僕と彼女を抱きしめた。ごめんなさい。ありがとう。昔と変わらないとても小さな声だった。そして彼女が笑った。急速に僕の心が溶け始めるのを感じた。
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