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ハンドクリーム
私は病室を前に、息を何度となく吐くと左手でノックをした。年甲斐もなく、胸の高鳴りがひどくうるさいなか、柔らかい声が返ってきた。大きく跳ね上がる鼓動を押さえるように、一拍置いた後、ドアノブへ手をかける。窓へ目をむけていた彼女が、ゆっくりとこちらへ視線を移し、目元を緩めた。
「あら、あなた。今日も来てくれたのね」
「ああ、今日は調子……どうだ?」
「大丈夫よ。むしろ、元気すぎてベッドに寝転んでいるのが退屈だわ」
おもちゃを取り上げられた子供のように、退屈さと不満さを顔に滲ませた。こじんまりとした個室は、銀杏の絵が飾ってある以外何の取り柄もない、平凡な病室である。娯楽の類いもないなか入院費を気にしているせいか、病室のテレビを使用するために必要なテレビカードさえいらないと言われてしまう。
だからと言って、退屈そうにしている妻に気の利いた話など、私には……。
カーテンの隙間からは淡い赤黄色の光が覗いていた。少し埃っぽく感じた私は、窓を全開にした後、ヘッドボードを少し上げた妻の横へ静かに腰を下ろした。ベッドテーブルにおいてあるコップを奥に移動させると、持っていたものをそっと置く。
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