昨日までなかった移動販売車

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 そう思ったときポケットに触れた手に固いものが。  あ、スプレーだ。こいつに噴射してみたらどうだろう。酔っている状態でも効き目はあるのだろうか? 僕はそいつの後ろを通り様に噴射してやった。  若手の後ろを通りながらプシュっとして2〜3m歩いたあたりで振り返ってみると、饒舌だった若手の口が止まった。おや? 何か始まるか? そんな期待を胸に様子を窺ってみた。 「課長! いつも仕事が遅くて皆に迷惑かけてホントにすみません!」  いきなり若手が謝りだした。 「同期の成長が目に見えてどんどん置いてかれる気がして、口ばっかり先走っちゃうんです。一生懸命頑張るので色々教えてください!」  頭を深々と下げ、熱弁を繰り返す若手社員。周りの社員も社長も役員も、突然のことで何がどうした? こうした? とキョロキョロ見回し辺りは一瞬にしてシーンと静まり返った。  しばらくすると誰かがパチパチパチと拍手を贈ると、それにつられて拍手が少しずつ大きくなる。劣等生がクラスの友達全員に受け入れられたような、そんな感動的な場面のよう。  一瞬詰まったような空気が徐々に温かい空気に変わっていく。一致団結した忘年会は3時間近く行われ、笑い声があちこちで響きわたる。  日々の疲れを癒す忘年会もあっという間に過ぎ、締めの言葉は社長に託された。締めの言葉なのに何故か長く、なかなか締めない社長の話など誰も聞いていない。ただ、最後の「良いお年を!」の声だけが耳元に残った。
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