1.冷めた目

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  「マム、俺にはこのマフィン、甘すぎる。お煎餅無い?」 「紅茶を飲みながらバリバリと音を立てるの? それじゃ不協和音が生まれるわ!」  まるで悲鳴のように母が言う。 「俺、不協和音が好きなんだ。ミステリアスでしょ?」  その一言でお煎餅を母の前で食べてもいいようになった。母はその音を聞きながら目を閉じて指でテーブルにトントンと小さくリズムを刻む。  また、花から溜息が漏れる。  その様子を離れた場所から父が床に座ってスケッチをしている。自然を愛する父は風景と、そして主に家族を題材にして描いていた。いつも父の描く家族の絵には花の笑顔が溢れている。  花、小学校5年生。  幼馴染の真理恵と夕方の公園のベンチに座っていた。 「現実逃避し過ぎなんだよ、あの二人」 「花くん、難しい言葉使い過ぎー」 「ああ、現実逃避ってのはね、要するに浮世離れしてるってこと。目の前の現実から逃げてるんだ」 「どうして逃げなきゃならないの?」 「怖いからさ、認めんのが」 「そういうの、『冷めてる』って言わない? 花くん、それでなくても冷たいのに」 「マリエはどう思うのさ、ウチの親。俺の名前」 「うーーん。難しい。まさなりさんとゆめさんって周りにいる大人と違い過ぎるもん。花っていう名前、私は好きよ。でもケンカの元になってるからやっぱりダメなのかなぁ」 「いてっ! もう少し優しくやれよ! だいたい人の親つかまえて『まさなりさんとゆめさん』って」  ケンカの名残に傷薬を塗って傷バンドを貼りながら真理恵は笑った。 「だって、そう呼んでいいって言われたし」 「お前も浮世離れしてるよな。俺の周り、そんなのばっか。そうじゃないヤツは、バカばっか」 「私、逃げてなんかいないよ」 「逃げてなくてもお前は普通じゃないってこと」 「花くん、時々ひどいこと言うよ。そういうの良くないよ」 「俺は思ったことを言ってるだけだよ」 「困っちゃうなぁ」  3つ年上の可愛い幼馴染こそ、宗田家に生まれれば良かったのだと華はつくづく思う。  
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