音もなくそれは舞い落ちた

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 まったく、つくづく私には運がない。  従軍時代の後遺症を癒やすために転地療養を勧められ、連邦首都から東南に4500リーグ離れた辺境の、このネシャースチエ村にやって来たのはつい半月ほど前のことだ。  電気も、エーテル自動車も、魔石ラジオもない。黄土と、埃と、日干し煉瓦の鄙びた村。  村西方のシンの荒野から吹いてくる爽やかな風と、雪深い本国では拝めない暖かな日光に到着当初こそ感動した。  しかし感動は次第に幻滅へと変化した。  教師として私は赴任してきたが、仕事はないことが早々に分かった。教育に限らず、医療相談や裁定、告解など、すべての精神的事柄に関する権威は、この村においてはただあの司祭のみが担っていた。ぽっと出の余所者、しかも女たる私の言うことなど、誰も聞いてくれなかった。  司祭からも、釘をさされた。 「ここでは科学と魔術と政治の話はしないようにお願いします。村人に必要なのは神の言葉だけです」  おまけにこの年は記録的な凶作だった。例年ならばふっくらとした柔らかな白パンを食べられるこの時期、村人たちは薄いカラス麦の粥を啜っていた。  私は明らかに村にとってお荷物だった。  そして、この病気。痛む腹を抱えて毛布を被る。兵隊時代に運を使い果たしたのだろうか? そういえば辛くも命を拾ったことなど数知れない……
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