音もなくそれは舞い落ちた

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 素早いノックの後にドアが開かれて、一人の少女が部屋に入ってきた。手には粥の皿が載った盆。  アンナが来てくれた。  この地方の人間特有の、浅黒い肌と黒い髪をした彼女は、綺麗な蒼い目をきらきらと輝かせて、元気な声で私に告げた。 「先生! お粥を持ってきました! これから毎日、私がお世話しますからね!」  この村に来て唯一良かったと思えること。それが、このアンナとの出会いだった。彼女はまだ15歳、早くに両親を失い教会で育てられたという。  他の村人が私に無関心か敵意のいずれかを向けてくる中、アンナだけが私に優しく接してくれた。  アンナは賢かった。知識はないが、人の話をよく聞き、素直で、なにより明るかった。  枕元に盆を置いたアンナが、私の顔を覗き込んでくる。 「先生、やっぱり顔色が悪いですね……授業はもういいですからね」  私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。彼女のたっての希望で、今日から授業をするつもりでいたからだ。  アンナはせかせかと動き回って、湯を沸かす準備をしている。白いエプロンドレスがふわふわと踊っている。 「あっ、そうだ! 先生が元気になったら、村外れのお花畑に遊びに行きましょう! この時期なら、お花はそんなに咲いてないけど、あそこには綺麗な蝶がいっぱいいるんです。真っ白で、大きくて……えっ、標本にするって? ひどいわ先生!……」
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