丸い空

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 東京へ大雪を降らせる一方で東北が穏やかだったのは、気圧配置による偶然の結果だった。  真登香たちが山頂へ向けて出発したのは午前9時。非難小屋の扉を開けると、手をかざさなくても煙草に火を点けられるほど穏やかな雪景色だった。  この時期のこの一帯で風がない事態なんて聞いたことがない。これまで3度の登頂に成功していた真登香は、そんな異常気象に警戒心よりも奇跡に立ち会った幸運だなんて空に笑っていた。  後の天候の激変に思考を働かせるはずもなく。避難小屋を出て間もなく怒号を携えた強風に煽られた真登香一人が、岩肌むき出しの谷底に滑落した。 「ここにいるよ」  真登香の声は本人にすら届かない。高層ビルの間に吹き込むような風が打ち消し、手の平で覆うように口へ雪が積もる。真登香はそこで死んだ。  誰にも発見されることなく春を迎え、雪が解けて空が見えた。八重咲きのシャクナゲが開花した頃には、肉体が朽ちて骨だけが残った。夏の熱波を感じることもなく、急行電車を見送るように秋が過ぎて、再び冬を迎える。骨だけの干からびた肉体に粉雪が降り注ぐと、磁器のような白い外殻が出来上がった。 「ここにいるよ」  声は筒の中を反響したようだった。真登香はこの世に戻って来た。
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