0人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
まるで知り合いであるかのような男の物言いは、真登香が叫んでいた時に聞いていたから知っているだけで、反応を面白がりたいだけ。それをわかっている真登香は歩き続ける。
「辞めた方がいい。後悔するだけだよ」
男は音もなく真登香の右側を歩いていた。男の手の甲は雪と同じように白かった。だけど、手の平はまるで人の皮膚が張り付いたような色をしていた。
「女がいたらあんたはどうするつもり?」
男は立ち止まった。真登香の向かう先に手をかざすと噴水のように雪が隆起し始め、抱きしめ合う慶介らしき男と女の彫刻を作りだした。
「女を殺す?」
男が指を弾くと、女の頭が首からポトリと落ちた。
「それとも慶介?」
もう一度指を弾いた。今度は慶介の頭が首からポトリと落ちた。
「泣いてすがるのかな?」
新たに慶介の彫刻が真登香の正面に現れ、進路を阻んだ。真登香が男を睨みつけようと視線を送ると姿が消えていた。右側にいたはずが左側へといつの間にか姿を移していた。泣いてすがる姿の実演を求めるような視線を向けていた。
「慶介はこんな顔じゃない」
こんなやり取りに付き合ってはいられないと、真登香は自分の体を霧のような結晶に変えて吹雪に紛れた。
「きっとあんたはここへ戻ってくる」
男が予言のように言った。結晶となって散らばった真登香をハッキリと視界に捉えているかのように手を振っていた。
「慶介があんたを待っているようなことがあるなら、それこそ気をつけた方がいい」
男はまだ手を振っている。その姿に真登香は笑った。あの男の何もかも見て来たような態度。きっと真登香がこの世に残した未練をわかっているつもりなのだろう。その勘違いが笑った理由だった。
慶介に女がいるかどうかなんて分かっている。慶介が待っていないこともわかっている。男が何をもって気をつけろと言ったのかはわからないけど、その必要はない。どれほど慶介を望もうとも手に入らないことは、慶介から電話を受けて迎えに来てもらったあの車でわかってしまったのだ。そう、それは一年前のこの山に登った日のことだった。
最初のコメントを投稿しよう!