ミスリード

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「お気持ちはわかりますが――」  話の進展がないまま、かれこれ40分。久々の長丁場だ。  新人時代に教育された“話は15分で切り上げる”という鉄則を大幅に破っている。  受話器を肩と耳に挟んで座り直すと、月島がペン先でコンコンとデスクパネルの上を叩く。振り向くと「トイレ?」と口が動く。首を横に振って“違う”と答え、グーで腰の付け根を叩いて見せる。  月島はあぁ、と納得した様子。だから一緒にフットサルしようって言っただろ?と哀れみの目で脳内に語りかけてくる。フットサル…、カーリングのおやつタイムなら参加してみたいけど。  椅子だけは譲れないと美人本部長自ら100以上の椅子を座り倒して発注した身体にジャストフィットなこの椅子であっても腰が限界。  椅子の耐久性云々以前に、月島の哀れみ通り自分の腰の耐久性に大きな問題を抱えている。1日の大半を椅子で過ごし、休日は布団で過ごす。圧倒的に運動不足だ。  もういっそバランスボールに乗って仕事してみようか?アスクルで売ってるかな?  気晴らしに袖机からアスクルの分厚いカタログを取り出してみる。  先ほどから煮詰める気もない、たまに本線から脱線する話をダラダラと聞かされている。  怒鳴られるわけでも泣かれるわけでもないが、でもそんな相手ほどやりにくいものはない。  自分もNOで相手もNO。折衷案もない、落とし所のない堂々めぐりな話し合いは平行線。終わりが見えない。いや、違う。見失っている。完全にミスリードだった。前半、泳がせたのが失敗だったかも。  相槌を打ちながら溜まり続ける伝言メモに手を伸ばし、パラパラと指先ではじく。見事に折り返しTELの欄に丸が並んでいた。さらにその横にはうず高く積まれた書類と郵便物の山。  目を閉じ、一旦、視界からその全てを追い出す。あぁ、目を開けたら異世界にワープしてないかな? 仕事は好きだが、程度を超えるとさすがに辛い。  3人に1人は3年以内に離職すると云われる昨今――  ここ、アメリカンクランプ損害保険会社 自動車事故第一センターも例外ではなかった。そんな中、例に漏れて生き残った私は新卒で入社してから今年で8年、30歳を迎える。
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