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「っていうね、怖い夢を見たの。目が覚めた時はホッとした」
と言う私に、月島は大きく頷く。
「エルマーもおったまげの大冒険だったな」
と。
「エルマーさんほどではないです」
「そこは謙虚なんだ」
疲れを引きずる怠惰な月曜。会社の最寄り駅に到着。スタート地点を目指して黙々と歩く人の列に二人は加わる。
行かなきゃ走り出さなくてもよいのに、誰も止まらず、誰も振り返らずに歩き続ける勤勉な日本人。はみ出ることが怖いんじゃなく、当たり前にある日常の有難さを知っているからかもしれない。だからこの先もこの通勤風景は変わらないだろう。
「で、これがオオカミのおばあさんに味噌汁を作ろうと豆腐をカットした時に包丁で切った痕?」
月島が包帯でグルグル巻きの私の左手に視線を落とす。ふーん、と。
「うちの美人すぎる上司の発案です」
私ではないと、しっかり伝える。上司の指示はマストだ。ファンタジーだろうが茶番劇だろうが最後まで付き合う。
「それって、寝落ち込みで?」
「そこは月島限定のオプションかな」
首をコキコキと鳴らしながら月島はまたふーんと、言う。
「怒ってるの?」
月島と分かれた後、土曜の夕方から日曜の夕方まで丸一日、私は音信不通となった。
病院受診後に警察と藤崎からの聴取。割合的には藤崎からの謝罪と言い訳、打ち合わせが7~8割だったけど、その間、月島含め外部とは一切連絡を取ることができなかった。
「寝てたんだよね?」
質問を重ねる私に、
「そうだな。誰かさんの位置情報未送信っていう有り得ないミスのおかげで連絡つかない6時間ほどは思いつく場所を片っ端から訪ね歩いてた。っていう夢を見たよ。最近の夢はVRみたいにリアルなんだなー。足が重いわ」
月島から嫌味が返される。責めるならもっとズバッと言って…
「でもいつの間に小野原さんと連絡先交換してたの?」
スルーで綺麗に話を変える。月島が最初に連絡が取れたのは昴だったらしい。どうして、そことそこが?と、いまだに繋がらない。
「初日だよ。ほら、タクシーで帰ってきた日、木曜だっけ?小野原さんに会っただろ?あの時に情報共有した」
「は?」
月島が「当然!」と胸を張る中、私は唖然と月島を見上げる。
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