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まず車検証の所有者と事故発生時の運転者が違う。所有者は滝川 はな。事故当時の運転者が小野原だ。そして保険金請求者は滝川。ここまではよい。問題はこの先だ。
交渉の窓口が小野原なのだが、事故当時から滝川についての話がほとんど出てこない。さらに滝川の自宅の電話はいつも不通。
滝川と小野原の関係性も見えない。最初に「ご親戚ですか?」と尋ねたが、「ええ、まあ」と話を濁されたままだ。
今回は契約者が起こした追突事故だ。赤信号で停止中の小野原が運転する乗用車に、居眠り運転の契約者が後ろから突っ込んだ。
こちらに全ての責任がある。事故自体に不自然な点はない。契約者も平謝りだったし。
車のリア部分と追突された反動で電柱にぶつけたフロント部分は大破。相当強い衝撃だったようだ。しかし小野原本人は無傷。よって治療費の請求はなし。「お怪我がなくて良かったです」と電話口で言ったものの、それはそれでまた奇妙というか。
過失もケガもない単純な100:0案件。本来なら新人に回る。うちには見た目も中身もキュートな新卒 田神 悠人がいる。それなのに8年目の私にアサイン。それも本部長からの指示で…
何もかもが腑に落ちない。おかしい。はっきり言うと胡散臭い。でもこのままじゃ埒が明かない。
外出すれば仕事が滞る。電話のフォローはあってもあくまでフォローだけ。コピーロボットを1ダースオーダーしたいほどに、みんな忙殺されている毎日で誰かに全てを頼むことはできない。
『直りません、で、ああそうですか、なんて――』
相手に付け入る隙を与えない独特の間合いに、許可なく強引に切り込む。
「小野原さん?少し、よろしいですか?」
心持ち声のトーンと話すスピードを落とす。
「もう一度、ご説明させてください。同等のお車を買うよりも原状回復する為の修理費用が上回りますと、判例では――」
『今現在有する価値分しか払えない。ですよね?』
「そうです。そうなんですよ。おっしゃる通りです!」
わかってんじゃん!!小野原から初めて理解を示され、その歩み寄りに、そっとにじり寄る。
身体も自然と前に出る。お尻が椅子から浮く。最終コーナーを回って直線に入ったジョッキーさながらに。
『そうは言っても気持ちは別物だと思わない、デスか?僕はそう思いますよ』
ダメか…
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