ミスリード

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 小野原の語調は多少乱れたものの、ブレた発言はすぐに修正される。ゴールが遠ざかっていく。  心のままに「お前はバカだ。人でなし」と辛らつな言葉をぶつけてくれないかな?それでスッキリしてくれたら話は大きく進むのに…  怒りを出し切ると不思議と頭の芯の部分が冷える。すると次の発言がクリアーに響く。だからこそ怒鳴られることもスピーディな事故解決には必要不可欠だ。  この車はクラシックカーでも値段的に高額なものでもない。中古車情報誌で探すことも難しいほど古い大衆車だ。  これがもしも高額で取り引きされるクラシックカーであれば賠償額が上がるケースもある。が、今回は頑張っても15万。額面的には納得はいかないだろう。  だから交渉スタート時は金額を釣り上げようとしているか、あるいは新車要求の駆け引きだろうと思った。が、いつまで経ってもそれを言い出さない。具体的な金額が出てこない。  つまりはそこが小野原の落としどころではないということだ。本心から原状回復を希望しているということ。それが最も困る。  新品ではなく壊れたものを元に戻すには事故直前に戻るしかない。ドクに出会えたらお願いしてみるけどね。  価値と愛着は別次元の話で、賠償金の支払いが多いからそれで話が付くわけでも、少ないから逆に愛着が沸くというわけでもない。執着なら生まれそうだけど…  愛着ある車だから「元に戻してくれ」と言うのは執着?どうしようもない憤りをぶつけるのは愛着?うん。難しい。
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