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彼と最後に会ったのは冬。それも仕事の都合で顔を見て即さようなら。そのまま何の音沙汰もなく数々のイベントもすっ飛ばして春ーー
自然消滅したと思っていたところに突然、彼から連絡がきた。
今更!?と責める気はない。
喜びも期待も、かといって悲しみもなく、どちらかというと業務命令に近い無の感情で指定された公園に赴く。
夜空は雲一つなく晴れ渡り、月は金色に輝く。
明日は満月。だからこの月は、
「待宵の月」
学生時代に教わった“待宵”という柔らかい響きが好きで、口内で転がして味わう。
「晴」
彼がいつもと同じ呼び方をする。
でも知ってるトーンよりも少し慎重かもしれない。
重々しい空気。自然と背筋が伸びる。
「恭平さん…」
わかりきっていることを互いに「そうですね」とすり合わせる作業ほど面倒なものはないと思う。
それでも「私も仕事ばかりで何もしてあげられなかったから」と提案に賛同し、儀式的なものを終える必要はある。大人の礼儀として。
切り出しづらいのか、彼は誰もいない公園の茂みに目をやる。
「どうかしました?」
パスだけ投げて、次の言葉を待つ。
「いや。何でもない」
彼は横に首を振り、「あのさ」と、ついにその言葉を口にする。
覚悟じゃないけど、はい、どうぞと心の中でGOサイン。そして小さく深呼吸。
「仕事優先でさ、一緒に過ごせる時間は少なかったよね。ごめんね」
彼の回想と反省に、
「でもそれは私も同じだから」
大人の女性として、謙虚に、懐深くそれを受け止める。
「今まで、ごめん。だから俺と、」
「はい」
「俺と一緒に逃げないか?」
……、ん?
「いや、ついてきてほしい」
彼は終始真剣。表情に1ミリの変化もない。
うっかり聞き逃しそうだけど、でも綺麗に言い直した。間違いなく“逃げる”って言った!
「私も仕事ばかりで、ごめんなさい」
すり合わせ作業を途中で投げ出し、さっさと終える。
深々と頭を下げて踵を返し、振り返ることなく、公園から出ていく。
歩く速度を上げ、駅に向かう人の流れに加わるとホッとした。
「なんてこった…」
今年で30歳。
結婚適齢期の女子なら何もかも捨てて共に逃げるという選択肢もあった?
ふと頭をもたげる不安。
「いや、ダメでしょ。ダメだよ。うん、ダメ。30で愛の逃避行は絶対ダメ!!」
誰も正解なんて教えてくれないから強く否定する。
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