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「本日はお日柄も良く――」
何十回と耳にした決まり文句を右から左に聞き流し、遠くから新郎新婦に微笑みかける。手を振ってくるので、同期の月島 湊と揃って振り返す。
ホント、お日柄よくて良かった。
本日の結婚式はガーデンウエディング。気候が良い5月のGW中日。緑に囲まれ、日頃ビルの中に籠っている私たちからしたらすいぶんと開放的で清々しい。
空を見上げる。雲一つない文字通りの快晴。
新婦からのお願いでてるてる坊主を量産していた新郎の苦労も報われただろう。というか、昼休みに自席でアレを作る背中を見た瞬間、月島と顔を見合わせて頷いた。「結婚生活における主従関係はもう決まったな」と。何だって最初が肝心。
「なぁ、別れて早々にこんなめでたい席に出ていいの?」
月島がそっと耳打ちしてくる。
どれだけ小声だろうが失礼極まりない発言には変わりなく…
笑顔を崩さず、思いっきりヒールで足を踏んでやった。制裁に遠慮は必要ない。
普段使いではないピカピカの月島の革靴に、ハンコみたいにくっきりとヒールの跡がつく。
言葉もなく悶絶する月島。そこにカメラマンから「こちらにスマイルお願いします」と、注文がくる。庭に向かって併設された結婚式場のバルコニーからカメラマンが手を振っている。
「スマイルだってさ~」
わざとらしく笑顔を作ると、月島も負けじと笑顔を作る。もちろんこちらに向かって。
「あっちデス!」
ヨーロッパの宮殿風の建物を指さすと、月島は「事実じゃ~ん」っと、ふてくされた子供のように言う。
事実…
「やっぱり…なにもかも捨てて、一緒に逃げるべきだったのかな」
蓋をしたはずの不安がまたムクムクと膨らんできた。それは箱の蓋を押しのけ、もうムクムクの片鱗が見えそうなまでに急速に成長する。
私の珍しい本気トーンに、月島が驚く。
「ど、どうした?」
問題提起しといて失礼なほど驚く。「冗談が冗談で済まなくなるからやめろよ、そのしんみり」と。
笑えない冗談を言っておいて何を言う。
「あのですね、月島主任。突然ですがこの結婚、いくらかかると思います?」
主任という響きに月島の背がピンと伸びた。ノリが良い。
「100万ぐらい、でしょうか?」
手をこすり合わせ、なぜか申し訳なさそうにする月島の答えに首を大きく横に振る。
「式はその3倍以上です。ドレスもパッケージプランから選べるものよりも手持ちが出てもランクアップしたものを選ぶ。一生に一回だから、と、みんな口を揃えて言うでしょう。そしてお礼など請求書には見えないお金も発生する。さらにここからが問題なんです!3人に1人は離婚すると言われている昨今。結婚は1回で終わるとお思いですか?」
「森野主任、おめでたい席で何を仰りたいんですか?」
発言如何では締め出されますよ?と、月島がキョロキョロと様子を窺って私をたしなめる。
「いや、違うんですよ。離婚したら慰謝料に養育費が発生します。自分の給料で自分一人を養うのもやっとなのに!つまりは、実感できないこんな戦後最長の好景気に結婚する方は凄いな、と」
「完全にディスっておられますね?」
「いやいや、まさか」
滅相もないと首を振ると、呆れ顔で月島はもう何も言わなくなった。
そこにキャッと黄色い声が上がる。新婦と、そして彼女を取り囲む友人たちが顔を赤らめている。その中心には新婦に話しかける従業員の姿があった。後ろ姿しか見えないが長身でずいぶんとスタイルの良い男性だ。新郎より明らかに際立つ。
「確かに。あれが現実、か…」
それを見つけた月島の言葉には憂いと真理があった。
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