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◇ ◇ ◇
会社が借り上げている社宅は都内に点在する。路線も全く違う。それには理由がある。
保険は不測の事態に備えて掛けるもの。気持ち的にはお守り要素が強いが、低い確率ながらも何処かで災害は起きる。自然災害、とりわけ地震は避けようもない。
契約者が保険を必要としている時、それはもしかしたら社員も同様に災害に巻き込まれている時かもしれない。だからと言って、社員全員が休む事態になってしまっては保険の意味がない。
そのため、社員の自宅、特に身動きの取りやすい単身者に限っては自宅を散らして配置する。誰か一人でも会社に出てこれるように、と。
にもかかわらず、広い都内で同じセンター3人が同じ駅。非常に珍しいというより、異常事態。人事の初歩的なミス、いや、小粋な采配?
田神、月島、最後に私。
少しずつ離れた場所にそれぞれの自宅がある。
晴と月島に至っては徒歩3分圏内。走れば1分。真夏でもビールが冷えたままで運べるほどに近い。残念ながら距離関係なく私が運ぶと着くまでに一本空いてしまうけど。
「田神、明日も仕事だからね!」
私の声掛けに、
「はーい、大丈夫です」
助手席から元気のよい返事があった。
「モーニングコールしようか?大丈夫?あ、鍵ある?」
結局タクシーを使っての帰宅になった。
すっかり酔いが覚めた田神。大先輩相手に軽口まで飛び出す。
「晴さん、ホント大丈夫ですって!寝たらスッキリしました。この後、お二人がどうなったかは詮索はしません。ご心配なく」
ニヒヒと笑う。
「してもいいけど?」
私が嫌そうな顔をすると、ますます田神は喜ぶ。
「え~!!」
「え~じゃなく、むしろ、して!!みんなの前でしてください!お願いします」
後部座席の暗がりから私が頭を下げても、
「ニヤニヤはしますけど、許してくださいね」
田神の楽しそうな声が返される。
「なに、それ!?絶対やめてー!」
「いいじゃないですか。それぐらい」
先輩なのに遊ばれている。まぁ、いいけど。だって毎日頑張ってるもんね。
田神を下ろしたタクシーが再び動き出す。
「おやすみ!」
私が手を振ると、
「お疲れ様です」
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