セッション

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 タクシーの後部座席から田神に手を振り続けた。田神も律儀にタクシーが小さくなるまで手を振って見送ってくれた。  でも月島はいまだに夢の中。  店を出るときに一度は目を覚ましたものの、それでも田神と晴の支えがないと歩けないほどの泥酔状態だった。早々に電車を諦めてタクシーに月島を押し込み、田神が前だの後ろだのと乗る場所で小競り合いをしている間に月島はまた落ちてしまった。そしてそのまま今に至る。  緩やかな坂を、タクシーは軽々と上っていく。  普段は小一時間ほど寝かせておけば、自然と目を覚ます月島。泥酔する月島が珍しいわけではないが、ここまで起きないのはかなり珍しい。夢を見ているのか、たまに眉間に皺が寄る。  月島はここ最近、思いつめたように仕事をする時がある。声をかけるのも躊躇うほど殺気立ち、横目で窺い見た顔には縦皺が深く刻まれている。  しかし声をかけると「どうした~」といつもの顔に戻る。逆に「怖い顔してる。なんかあった?」と、こっちの心配を始める。  こちらの変化にも気づいていると思う。でも言い出さない。何となく触れてほしくなさそうな雰囲気に私もなかなか踏み込めないじれったい日々だ。  入社から現在に至るまで月島の隣りで仕事をしてきた。1日の大半が共通の話題で占められている。それはもう家族のような、それでいて家族以上に気遣いを要しない仲で。なのに、言ってくれない。それとも、だからこそ言えないこと、とかあるんだろうか?  何でも知っておきたいわけじゃないけど、なんかちょっと寂しい。  私の肩に頭を預け、熟睡している寝顔は普段より幼く見える。寝息が薄く開いた月島の唇を揺らす。 「運転手さん。次の信号を越えたところで止めてください。一人、降ります」  月島が住む茶色の5階建てマンションと、その2ブロック先にある私のマンションが見えた。 「月島、起きて!着くよ」  右肩にのっていた重い頭を容赦なく押し退ける。  思いのほか勢いがついた頭は美しい半円を描き、そのまま反対側のドアめがけて飛んでいく。ゴスッと鈍い音がした。 「ヤバッ!!」
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