リクエスト

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「アプリ、早速活用してるのね」 早速活用する素直な月島がちょっと可愛くてニコニコしながら話しかけると、 「あ、でも物足りない?」 それとは明らかに違う答えが返される。一瞬で表情も凍る。 「なに?話の続き?」  まだ言うか!?と思いながらも嫌ではない。  隣りに座って、はや7年。体面を気にする必要のない同期との会話は日々、脱線傾向。 「罵られ足りないだろ?」 「ことごとく人のアイデンティティを侵害してません?」  嫌いじゃないから書類を片付けながら付き合う。 「他人の不幸じゃなく晴は自分の不幸が蜜の味だもんな?骨折したらこれ見よがしに面談いれるだろ?お互い大変ですよね。さぁ、示談しましょう!って。森野 晴、全身全霊をかけて皆さんの美味しい蜜になります。どうか私に不幸を!カブトムシ、入れ食い状態。超ド級のクワガタも釣れるぐらい甘~い蜜になりますよ~」  と、ガッツポーズの月島。肩からタスキをかけた街頭演説中の政治家に重なる。 「そんな公約掲げてません」 「え?違うの?何がしたいの?何になりたいの?ファーストレディ?いや、違うな。女性初の総理」  聞いちゃいないし… 「ねぇ、そんな夢いつ語った?」 「もう前、向き過ぎててついてけないよ、俺」  カサカサとお菓子の包みがこすれる音がする。結構な頻度で耳にする。そう、これは月島がチョコを取り出す音。人より消費する(らしい)糖分を補うために板チョコ一枚分は毎日食べている。健康診断でありえない血糖値と対面する日も近いだろう。 「で?その一環でまた振ったんだ」  さらに話がずいぶん遡った。通勤タイムで終わったはずの人の失恋話をまた引っ張り出してくる月島。 「違うって。だから振ったんじゃなく、終わってたの。その最終確認」 そこはちゃんと否定。否定しなきゃ即肯定とみなされる。   「なんで、それで『一緒に生きていこう』って言われるわけ?」 「正確には『一緒に逃げて』ね」  月島はちょっと考えてから、 「同じだろ?」  と、真顔で言う。 「どこが!!」 「で?ごめんなさいして逃げたの?」  ひでぇな、と月島。そこまでひでぇことはしていない。たぶん。  椅子を横に転がし、壁に張り付き隣りを覗き込むと診断書と診療報酬明細書をセットにし、ホッチキス止めしてファイルに挟み込むのが見えた。またやってる。
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