ディスタンス

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「じゃない?ないなら、あぁ、揉めてるのねー」 「いえ…あー、はい。すみません」  反射的に否定しようとしたが、ここは素直に謝る。  揉めてる、とはニュアンスが少し違う。でも、そこらへんは誤差ということで。そういうことにしておけば、これ以上は突っ込まれないだろう。 何だかどんどんお利口になっていく。 「いいのよ!揉めても最短で話を終らせてくれるなら、どんどん揉めなさい。“誰のための仕事か”その軸さえブレなければ大丈夫。揉める意味はある」  藤崎の力説に「はい」と、頷く。 「こういうタイプはこねくり回すより直球が一番よ。畏まっていくより出たとこ勝負!」  揉めておいて最短で話をまとめる術なんて知らない。直球勝負も打たれたらもう拾いにいけないと思うけど。  いつもの追い込みが始まった。これぐらいちょっと無理なオーダーをする方が交渉技術が上がるんだとか。嘘かホントかわかんないけど、必死になるほど研ぎ澄まされていくらしい。  交渉の秘技とか魔術とかあるなら教わりたいけど、きっとそれは藤崎ならではの技術で。業界で有名な椿 優も然り。他人のやり方を真似ようとしても、それに振り回されるだけで上手くいかない。自分のスタイルは自分で築き上げるしかない。 「ところで田神は?」  藤崎がセンター内を見回す。 「頑張ってますよ」  あぁ!  分刻みで仕事こなす人がセンターに顔を出した理由は田神の成長具合の確認だったか… 「じゃなくて、お昼一緒じゃなかったの?」 「お茶を買いに行きました」 「で、月島は?」 「はい…え、あー、お昼ですかね?」  不意打ちに綺麗にとぼけられなかった。 「ん~?」 「ん?」  藤崎の美しい眉が寄る。首を傾げるので、私も同じ角度で傾ける。 「喧嘩?」  何でか全てお見通し。 「盗聴器ついてます?」 「当たり?」  怖すぎる。 「喧嘩とかじゃないですよ。心配してくれた月島とちょっと言い合いになっただけです」   「それ、立派な喧嘩よ。ホント、月島って過保護よね」  藤崎の口からはため息がもれる。素直というか、裏がないというか。遠慮なく物を言う。それでも美人について回る“ちょっと綺麗だからってお高く留まっちゃって”という偏見がないのは、みんな、藤崎が温かい人だと知っているからで。
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