ディスタンス

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「アホね」  藤崎がポツリと呟く。怒ってるわけじゃなく、別のことを思って零れた愛おしそうな響き。心をくすぐられる。 「幸せなんて人それぞれ。自分が不幸になってまで誰かを幸せにして、それが幸せだと思えるなら手を貸せばいい。できる人は素晴らしい。でも、できない人がダメだとか、冷たいなんて思えない。だってそんな簡単なことじゃないでしょ?」  藤崎が柔らかく微笑む。 「でも人を知って、人を思う気持ちはこの仕事には絶対必要だと…」  私の頭の上に藤崎の手が伸びてきて、親が子供にするみたいに大丈夫と撫でられる。人の熱に触れるとホッとする。それってやっぱり人は一人で生きていけない証拠で、そこにはゾッとする。 「仕事に関して言うなら、ちょっと違うかもね。保険(これ)って慈善事業じゃないから」 「すごい!月島にも同じこと言われました」  アイツ、わかってるじゃないと驚いた顔をして、でもちょっと誇らしいような、嬉しそうな顔をする藤崎。仕事も人も大好きなんだって伝わってくる。 「保険料は誰かを思う優しいお金。保険金は幸せに向かう準備金。困ってる人が立ち上がる為の原資よ。その使い方は人それぞれで、歩き出した先のことまでは責任取れない。なんていうか、私たちは誰かの人生の害を全て取り除けるほど無敵ヒーローじゃないのよ。保険金で全てを解決できるわけじゃない。実は大したことなんてしてないってこと。だからさ、そんなに気負う必要ない」 「依子さん…」  それにね、と藤崎が続ける。   「晴ちゃんが何もわかってないなら、この仕事に就いてないわよ」 「ごめんなさい…」  私の謝罪に、藤崎が「なんでよ」と寂しそうに微笑む。  こんな顔をさせて、ごめんなさい。    この瞬間も他人と同じようにそうと思えているかはわからない。正しい、適切な温度の感情って難しい。 「大丈夫よ」  そんな暗い顔しないで、と藤崎。
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