ディスタンス

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「私たちはピンチの時に向き合う仕事よね?そういう人を少しだけ救い上げるお手伝いが出来ればいい。それだけでいいの。難しいことなんて考えなくていい」  藤崎の言葉をかみしめる。いつだって藤崎は救い上げてくれる。どんなに狭い暗闇からも。 「晴さ~ん、お茶飲まれま――」  二本のペットボトルを手に田神が帰ってきた。藤崎を見るや否や入口で固まる。時が止まったみたいに。そして、 「おはようございます!!」  と、正午過ぎに元気なご挨拶から始まる。  藤崎から笑みが零れた。わが子の成長に喜ぶ母の横顔に重なる。こういうところは出会った時にはなかったなと思う。新鮮な発見にまた別のドキッだ。 「おはよう、田神。頑張ってるようね。良い番犬に育ってるわね」  藤崎が田神の髪をわしゃわしゃとかき回す。私の時とは随分違う。扱いが荒い。って、番犬?  一方で何も聞こえていない、セクハラとパワハラに喜んでいる田神。その手から、 「あら、私にまでお茶なんて気がきくわね」  ペットボトルが一本抜き取られる。藤崎は戦利品片手に「午後も頑張って」と本部長室へ引き返して行く。田神はポーと、頬を赤く染めてその後ろ姿を見送る。なんというか、これはもう仕方ない。  本部長は連日不在が当たり前。管轄の小店へ、上との打ち合わせで動き回っている。こんなに至近距離で話すことは入社して間もない田神にはない。つまりはNO免疫だ。  立ち尽くす田神。まぁ、最初の一年は一様にこの反応だ。あの(“あの”はおかしいか?)月島でさえこうだった。  田神の手から残ったお茶を私も遠慮なく頂く。 「ご馳走さま」と告げて仕事に戻る。  田神アジャスターの復旧見込みは1時間後の予定。
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