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「はる…」    今度こそ間違えなく呼ばれた。  振り返ると車寄せに佐久の顔が見える。手を振っている。というか、こっちこっちと呼ばれてる?  仕方ない。  小野原の了解をとってから行こうとしたが、横にいたはずの小野原の姿が忽然と消えていた。慌てて探すと後方の植え込み前に発見。いつのまにか移動していたようだ。    私に背を向け、携帯をいじり始めた。つまりはどうぞ、という合図だろう。  別れた人に中一日で会うことになるとは…。懐かしむ暇もない再会。小野原を残して私は来た道を引き返す。  佐久に近づくと仕事では乗らないワインレッドのRX-7が見えた。つまりこの時間は佐久のプライベートということ。 「さっき見かけたんだ。こんなところでどうしたの?」  そう言いながら、佐久が私の背後に視線を投げる。あぁ、アレ、アレはですね… 「仕事です」  即答。何もやましいことはない。というより、もうやましくても別にいいのか?それでもちょっとは気が引ける。 「だから電話がつながらなかったのか」  と、ホッとしたような表情の佐久。 「何か急用でした?」  付かず離れずの事務的な質問をする私に、 「違うよ」  佐久は首を横に振った。 「じゃあ…?」  佐久が小野原を見たまま黙り込んでしまう。 「………」 「………」  もちろん沈黙に耐えられないのは私の方で。愛想笑いで濁す。  やっぱり疑われてる?にわか密会心理が働く。違う違う、そうじゃ、そうじゃなーいと心の中で大音量で歌う。聞こえたらぶっ飛ばされそう。  佐久は6歳上の35歳。不動産管理会社に勤めている。成績は常にトップ。既に役員候補だ。包容力があり、異性にも同性にも好かれる。誰が見ても良い人だ。    その良い人を振ったという事実をここにいる誰が知るわけでもない。なのに、心苦しいのはきっと月島の心にもない『かわいそー』発言のせいだ、絶対。  膠着状態のところにホテルの入口から着物姿の女性が顔を出した。和風美人に女の私でさえ一瞬で目が奪われる。当然、それは佐久も同じで。 「恭平さん、お父様が――」  が、予想に反して彼女は佐久を呼んだ。  佐久の口が「あっ」と動く。目が泳ぐ。至近距離だからこそ明らかに動揺しているのがわかった。
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