甘音-Amaoto-

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 週末の日曜日。朝からしとしと降る雨のためか、通りを歩いている人はそれほど多くはない。けれど車はその分だけ多いのか、大通りはたくさんの車が行き交っている。  そんな交通量の多い、大通りに面してある大きなショッピングモールには、映画館やカラオケ店、大型書店、ファッションフロアなどが入っていた。  外に反して中は意外と人の姿が多い。  ショッピングモールの駐車場は、車が列をなしていて、それはどんどんと中へ吸い込まれていく。交通整理をする警備員はそのあいだずっと忙しそうに右手の警備棒を動かしていた。  そんなショッピングモールの一角。入り口付近の屋根がある場所に、沢村紘希は立っていた。  時折一人で立っている紘希を振り返る、年若い女の子たちはいたが、彼はそれを気にすることもなく、表情が特に変わることもない。  艶やかな黒髪はさらさらと風になびき、綺麗に通った鼻筋に形のいい唇。  すらりと背が高く肩幅も広い、痩せ過ぎでもないその容姿は、もっと表情が豊かであったなら、さらに人目を引いたであろう整ったものだった。  服装も緩めのカットソーにスリムなデニム、肩から掛けた小ぶりな布製の鞄とカジュアルであるが、着崩した感じもなく清潔感がある。  けれど傘を片手に立つ、紘希の表情は一ミリも動かないのだ。そのために魅力がいささか半減されている。 「紘希!」  しかし雨音と車のエンジン音ばかり聞こえる中で、柔らかな声が紘希の名前を呼ぶ。その瞬間、声に振り向いた彼の顔がわずかに綻んだ。  視線の先には声音からも想像できるほどに、優しげな面持ちをした人が近づいてきた。 「喜多さん」 「ごめん、ほんと、ごめんね。毎回ごめん。ってそれと、喜多さんって呼ばないでってこのあいだも言ったのに」  足早に紘希に近づいてきた蒼二は、さしていた傘を畳むと、同時に両手を合わせて頭を下げた。  何度も「ごめん」と謝る彼に、紘希はゆるりと首を左右に振る。 「ああ、蒼二さん。気にしなくていいよ」 「今日は大丈夫だと思ってたんだけど」  微かに笑った紘希に対して、蒼二は肩を落としひどくしょげた顔をして、うな垂れる。けれど二人が対照的な反応を見せるのには、わけがあった。
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