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「いいよ。ここ最近ずっと悪いし」
「でも今日も映画だよ?」
「このあいだ蒼二さんが観たいって言ってたの丁度やってるから」
「雨男で本当にごめん」
蒼二がうな垂れるわけ、それは今日も――雨だということだ。
六月に入り雨空が多い最近ではあるが、紘希と蒼二は出会ったその日から雨だった。
降り方の度合いは、その日によって違うものの、傘は手放せない日であるのは間違いなかった。
最初の一度、二度は雨男なんだよねと笑っていた蒼二も、それがこうも続くと、申し訳ない気持ちのほうが優ってしまう。
けれどそのたびに紘希は嫌な顔一つせずに笑ってくれた。
「気にしてない。今度は違うところへ行こうか」
「紘希はどこがいい?」
自分より少し背の高い紘希をちらりと見上げて、蒼二は小さく首を傾げる。その視線に紘希は考えるように目を伏せた。
「……水族館とか、美術館とか、プラネタリウムとか、舞台とか、音楽コンサート?」
「それって全部室内で俺の趣味だよね。紘希の好きなアトラクションのある遊園地とか、動物園とか、植物園のある庭園とか行けてないし、夏には海とかも行きたい」
ぽつりぽつりと紡ぎ出された紘希の提案に、不服そうに蒼二の眉がひそめられた。けれど口を引き結び、不満をあらわに頬を膨らませた蒼二に、紘希はふっと目を細めて笑った。
「なんで笑ってるの?」
「いや、蒼二さん可愛いなと思って」
「またそれ、おじさんに可愛いとかないから」
紘希の言葉に、ますます不服そうに蒼二は口を尖らせる。けれど紘希の目は蒼二に会う前の無表情が、嘘のように柔らかく優しげなものに変わっていた。
そしてゆるりと持ち上げられた紘希の手が、ふわふわとした蒼二の髪を撫でるように掬う。
髪に指を差し入れて、優しく頭を撫でる紘希の手に、蒼二は少しくすぐったそうに肩をすくめるが、その手を振り払おうとはしなかった。
こうして紘希に触れられるのは、嫌いではなく、時折触れる手が優しく好ましいと感じていた。
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