484人が本棚に入れています
本棚に追加
信じられないものでも見るかのように、見開いた幹斗の目にじわりと涙が浮かび上がる。けれどその目をまっすぐに見つめて、紘希は小さく息をついた。
「お前には感謝してるよ。親と揉めて居場所がなかった俺の傍にいてくれた。だけどもう俺は代替の恋人は演じられない。お前、最後に俺になんて言って逃げたか覚えてるか?」
「な、なに?」
「それは違う、そうじゃない、どうして紘希はできないんだって、そう言ったんだ。お前の優しさの基準はいつだって昭矢だった。いまだってそうだ。お前は俺の傍にいてあげたって言っただろう。お前は俺のために傍にいてくれたんじゃない。自分の満足のために俺の傍にいたんだ」
「違う、僕は」
「昭矢が家を継がなければならないから、諦めたふりをして目を伏せてるだけだ」
淡々と紘希が言葉を紡ぐたびに、幹斗は震えて小さくなる。そして怖々と顔を上げてじっと自分に向けられている視線を見つめ返した。幹斗の目の前には驚きに目を見開いた昭矢がいて、その顔を見た瞬間くしゃりと歪んだ幹斗の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「自分でわかるだろう。俺と昭矢に対して浮かぶ感情の違いが」
「だって、昭矢は、どうしたって手に入らない」
ボロボロと涙をこぼしながらぽつりと呟いた言葉が幹斗の本音だ。家を継ぐと言うことは、ごく普通の家庭を持ち子供を為して、世代を繋げていかなくてはならないということだ。そこに自分の居場所がないのだと言うことを幹斗は理解していた。
もしかしたらそのことに昭矢も気づいていたのではないか。だからその感情は違うのだと言った。ふと蒼二は幹斗の前で立ちすくんでいる昭矢に視線を向ける。その顔は困惑、戸惑い、焦り、色んなものが見えるけれど、嫌悪は浮かんでいない。
その表情とロビーで幹斗のことを語っていた昭矢の顔を思えば、そこにあるのがなんなのか見えてくるような気がする。
「昭矢さん、幹斗くんのこと、恋愛感情で好きですよね」
静かな中に蒼二の声がやけに響いた。そしてそれは響いた分だけまっすぐに昭矢に届く。ゆっくりと瞬きをして、大きく深呼吸をして、昭矢は両手をぎゅっと強く握る。そしてその握りしめた手をじっと見つめて、意を決したように足を踏み出した。
最初のコメントを投稿しよう!