はじまりの夢

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そんな風に私が思うことはわかったようで、彼はすっと両手を挙げた。 「先に言っとく。あんたをさらう気はねぇから安心しな」 ただの散歩だと、静かな夜は不知火さんの小さな声を正確に私へ届けてくれる。 敵だと思ってる人からそう言われて、しかも、未遂があるというのに、誰がその言葉を信じるのか。 信じろっていうんですか。 私の睨みに苦笑いを浮かべて彼は言った。 「嘘はつかねぇよ」 重ねてそう言われても、信じられるわけがなかった。 何しろ、無理やり攫おうとした事実があるんだから。 足された言葉にさらに緊張感が高まるのがわかった。 「本当にただの散歩だって。信じられねぇならいいけどよ」 手を挙げたまま、苦笑いとともにこぼされたため息。 敵である新選組の屯所の中へ、わざわざ一人で散歩にきたというのか。 どう聞いてもどう考えても怪しくて、不知火さんを睨みつけてしまう。 「あんたが思うことも最もだが、事実だからな。ほらよ」 きらりと月明かりに照らされる鋼鉄は、弧を描いて私に向かって放られた。 慌てて両手を差し出して、それを受け止める。 月明かりに浮かび上がる鈍色。 見覚えがある。 先の戦いで、彼の扱う武器が西洋の洋銃であることは知っていた。 初めて触れたそれはずしりと重く、刀とは違った冷たさを含んでいる。 な、んで。 敵である新選組の屯所のなかで自らの武器を手放すなんて、信じられなかった。 私にわざわざ渡すなんて、敵意がない証と言わんばかりだ。 どういうつもりなのか。 真意をはかりかねて、不知火さんを見つめると、彼は手を挙げたまま言った。 「他は持ってねぇよ」 不知火さんのその言葉が真実かは私にはわからなかった。 しかし、こんなものがなくても、彼にその気があれば私をさらうくらい、わけないことだろう。 よくよく考えれば、私は不知火さんに気づいていなかったわけだから、さらう気なら始めから声をかけて警戒を煽ったりしないだろうし。 彼がここにいた目的が本当に散歩だとは思わないが、とりあえず今、私をさらう気はないということは違いなさそうだ。 さしずめ、偵察、というところだろうか。 本当の理由は、聞いたところで答えてもらえそうにない。
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