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どのくらいそうしていただろう。
時間にしてみれば、わずかな時間だったのかもしれない。
湧き上がった吐き気は、不知火さんの匂いに流されたように消えて。
包まれるぬくもりに溶けるように暴れる赤と黒が薄らいで、震えとともにおさまってきた。
撫でられた背中の手の動きに合わせて、だんだん涙も気持ちも落ち着いてきた。
不知火さんは、今、どんな顔をしているのだろうか。
不知火さんの顔を見たくて、少し身じろいだ。
「あ、の」
こぼれた声はとても小さかった。
でも、この距離で届かないわけがなく。
不知火さんの肩がピクリと揺れて、青い髪が一房その動きに合わせて揺れる。
ゆっくり不知火さんが離れていく。
月は厚い雲に隠れてしまったらしい。
不知火さんはたしかに目の前にいるのに月明かりはなく、ぼんやりとしか、その表情は見えない。
私は、離してほしくて声を上げたわけではなかった。
そう、ただ不知火さんの顔が見たかった。
震えは止まっていたのに、離れていく温かさがなんだか寂しく感じてしまって、私たちの間に流れ込んだ空気は冷たく感じた。
「あの、」
私の言葉を遮るようにポツポツと、頭に服に、空からの雫が当たり出す。
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