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職場の新人歓迎会が行われたのは、居酒屋『まんぷく』。
会社から徒歩圏内、家族経営で料理が美味しくて、屋号の通り満腹になれる居酒屋だ。
何より貸し切りに出来るこじんまりしたキャパがうってつけで、飲み会といえば大抵ここ。
主役の新人くん達の漫才芸が大ウケしているにもかかわらず、隅っこのテーブルで突っ伏す岩田くんは、確か宴会開始後30分で酔い潰れて寝てしまい、そのまま存在感を消している。
納期ギリギリの仕事を終え、疲労困憊で挑んだ飲み会なので、気持ちは分かる…というか彼の差し向かいでちびちびビールを飲んでる私だって同じ条件なのだ。
ぎゃははは!と爆笑が響く中、今にも船を漕ぎそうなのをギリギリで耐えているが、正直もう落ちそう。
一瞬、意識が飛んで、大きな物音で目が覚めた。
どつき漫才が佳境へ入ったらしい。
ボケ担当の新人くんが床に倒れて手足をばたつかせると、大爆笑が起こった。
恐ろしいウケ方だ。
彼らは職業選択を間違っていると思う。
M-1出れるんじゃない?と呟いて、少々温くなったビールをあおった時、向かいの岩田くんと目が合った。
彼も大きな音で起きたのだろう。
目が覚めたものの、夢うつつな様子だ。
ぼーっと焦点の合わない顔をゆらゆらさせている。
酔って真っ赤になった顔で、腫れぼったくなってる二重をパチパチを瞬きして「あれ、夢?」と呟いていた。
「俺、セネガル支店に転勤して、新規事業立ち上げ中なのに、なんで小山がいんの?」
いやいや。
明らかにセネガルが夢でしょ。
なんでアフリカ?!
そもそも中小企業の我が社には支店すらない。
「まあいいや。夢だったら小山がいてもありだもんな」
だからセネガルが夢で、新人歓迎会が現実だって!
「へへ、ラッキー」
彼はただの酔っ払いだ。
もう無視しててもいいよね。
さっき注文した『居酒屋まんぷく名物・あつあつ出汁巻玉子』がそろそろ冷えて食べ頃だ。
ジョッキを置いて箸を手に取った時、いきなり頬を掴まれた。
「!」
両手で私の頬を挟んだ岩田くんが、顔面に迫る。
ちゅっ
「…ん?あれ?なんかリアル?」
え?
えーと、岩田くん?
今、私にキスしませんでしたか?
何ですか?
むしろ私が夢見てるんですか?
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