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「あらやだ。矢澤さんについて、って一番上に書いてある」聖里の母親の旧姓は、矢澤といった。「まだ私が矢澤さんだった頃にパパが書いてたんだわ」  母が感慨深げに言った。しかし聖里は、どこか客観的なその言葉に何かが引っかかった。 「ちょっと待って。これ、ママがパパからもらった手紙じゃないの?」 「違うわよ。ワープロで手紙は書かないでしょ。あ、ここ見て」母親がブラックライトをかわしつつ、紙の一部分を指さした。「『矢澤さんはドライブ好き。早急に免許を取ること』だって! 確かにパパ、付き合った後に教習所通ったのよ」  手紙ではないのなら、何のためにワープロで印刷した紙なのだろうか。再び聖里は困惑の霧に包まれる。しかしそんな様子にはお構いなしに、母は紙の内容に夢中だ。 「『矢澤さんは肉よりも魚。早く魚嫌いを克服せねば!』そうそう、しばらく我慢しながら魚食べてたわね、パパ」 「『スノボに挑戦してみたいとのこと。これは要練習!』当時は、やったことなかったのよ、スノボ。パパ、結構上手だったけど、練習してたんだ」  母親には身に覚えのある出来事ばかりのようで、あったあった、と合いの手のように挟みながら、白く浮かんでいる文字を読んでいる。
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