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日本へ
波音は緑爽やかなドイツの街並みをご機嫌で歩いていた。小さなショルダーバッグから取り出した鍵。沖島の家の合鍵だ。
「ふっふっふ~」
にやけた顔をそのままに鍵をポケットに入れる。重いトランクもなんのその。それを3階まで引っ張り上げ、鍵を差し込んだ。先程連絡すると、「ちょっと出てるから中入って待ってて」と返事が来た。
ご飯でも作って待っていてあげよう。
そう思いながら鼻歌交じりに扉を開ける。
窓が開いたままなのか、ふわりと涼やかな風が吹いてきた。蓋の空いたグランドピアノ。コップやお菓子の袋など、少し散らかったテーブル。
ソファには黒い男。
手足が長い、黒い男。
チャリーン……。鍵が足元に落ちた。
「なんで西野がいるのよ!」
波音が悲鳴をあげると、うたた寝していた西野は驚いて目を開けた。
「あ、なんだ。小山内か。久しぶり」
黒のTシャツに黒のデニム。真っ黒なのは相変わらずだが、最近はヨーロッパ音楽メディアに度々登場するため、髪をきちんと切っている。それだけでもともと顔立ちの整った彼はイケメンに見える。
「なーんーでーいるのって、聞いてるの!」
両手の拳を振り回しながらジタバタ一人で怒る波音に、西野は面倒そうにもう一度体を起こした。
「俺も日本に行くんだよ。仕事で」
「聞いてない!」
「俺もお前が一緒だとは知らなかった」
「あたしは、昴の実家にご挨拶に行くのよ」
「…………昴!」
奇しくも二人の恨めしい声がハモった。
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