届いたチケット

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その日友人の西野啓二(にしのけいじ)から届いた手紙には、来週末に催されるピアノソロリサイタルのチケットが入っていた。 「ありがとう、西野!」 波音(はのん)はチケットを片手に握りしめたまま、すぐに送り主に感謝の電話をかけた。弾んだ高い声は鈴のように耳触りがいい。 ここヴロツワフから、ドイツのコンサート会場までは少しかかるが、そんなのはへっちゃらだった。 「(すばる)のコンサートのチケットなんて、よく手に入ったわね」 今からちょうど二年前。彗星のように現れた一人の若き日本人ピアニストが、ヨーロッパの音楽界を大きく揺るがしていた。 沖島昴。 ピアニストである波音の父が仕事の為来日した時、同行した波音も自身のレッスンのために音大に通っていた。 沖島昴はそこで出会ったピアノの天才だ。 コンクールに出たことさえなかったが、学園祭での演奏会の権利を手にした彼。その演奏会に、なんと世界的を股に掛けて活躍するドイツの指揮者、アヒム・シュトルツェがゲストとして招待されていた。 彼に光るものを見出された沖島は、その秋からヨーロッパへピアノ留学することになった。 沖島はピアノで。そして今回チケットを送ってくれた西野啓二は作曲の勉強のためにそれぞれドイツとフランスを拠点に勉強している。 沖島はすぐに名の知れたコンクールでファーストプライスを獲り、プロとして活動しながら勉強していた。奨学生として卒業し、その後は演奏活動に専念している。 「なんで俺たちにチケット送らないんだ、アイツは。全く友達甲斐のない奴だ」 電話口の向こうから呆れたような溜め息と低い声。ところが、彼の声は急に真剣味を帯びた。 「とにかく、絶対に来い。今のスバルには小山内(おさない)の助けが必要だ」 「高熱が出たって行くわよ。助けって、どういう意味?」 いつものように仏頂面で波音が唇を尖らせると、西野は「来れば分かる」とだけ答えた。説明が面倒なようだ。 彼はいつもそうだ。早口に自分の言いたいことだけ伝えて用事を済ませたがる。 「心して来いよ。絶対にショック受けるから」 そして西野は電話を切った。波音はスマホを睨みつけ、眉間にしわを寄せた。 「どういうこと?」
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