コンサートの曲目

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沖島のコンサートはセットリストが存在しない。観客にとって、それも一種の楽しみだった。 会場に来て初めて、プレゼントを開けるようにワクワクしながらプログラムを開くのだ。今日はどんな曲を聞けるのだろう、と。 二ヶ月に一度、沖島はいろんな場所でコンサートを開いている。彼の足場であるドイツでは久し振りでファンにとって待望の日だったが、今回の異様な雰囲気に誰もが少なからず動揺していた。 二曲目。ピアノ用にアレンジされた、モーツァルトのレクイエム。火の中の悲鳴。不穏な音の連続。逃れられない裁きの恐怖。あまりの悲痛な響きに、聴衆の心拍数が上がり続ける。 三曲目。リストの死の舞踏。低音から始まる死の足音。髑髏がカシャカシャと笑っているかのような不気味なメロディー。死に周りを取り囲まれ、どんなに逃げ隠れしようとも追いつかれ、引き摺り出される。 赤黒いものが沖島から広がり、床を這ってあっという間に聴衆席の足元を満たした。 沖島のピアノは、音を具現化させる。色がつく。 コンサートホールのステージは明々としているのに、真っ黒な闇に押し潰されそうになっていた。堪らず席を立つ婦人。口元を押さえて不快そうな紳士。 沖島は一曲終わるごとに無表情に立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。無言の聴衆は拍手する気力さえ奪われて、彼の陰に圧倒されていた。 四曲目はショパンの「葬送行進曲」だ。 西野は青い顔で大粒の汗を拭いながら「重症だ」と呟いた。絶対音感のある彼にとってはダメージが人の倍くらい受けるのだろう。 「もう、無理……」 口を押さえたまま、波音は立ち上がった。額に油汗が浮き上がっていた。 「昴!」 波音の悲鳴とも怒声ともつかない声が、ホールに響く。最初の音を弾こうとしていた沖島の動きが止まった。
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