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沖島は、師匠アヒムの知人の家を間借りして暮らしている。ベルリン郊外ツェーレンドルフにある、静かな一軒家の三階だ。
ベルリンに留学した年はベルリン芸大の寮に入っていた。その後WG(ウェーゲー)と言われるシェアハウスに移ろうとしたが、四六時中ピアノを弾ける環境がなかった。そのことを知ったアヒムが手配してくれて、そこで生活するようになったのだ。
三人の不安などお構いなしに、その日は穏やかで暖かい日だった。
ヘニングの赤いアウディが沖島の住んでいる家に間もなく到着する。
閑静な住宅街。道の両側に植えられた街路樹の木漏れ日の下で車は止まった。
「着きました」
沖島のマネージャー、ヘニングが低い声で言った。
波音もここに来るのは初めてだ。
いつもは沖島がポーランドに来てくれていたし、たまにドイツで会う時はいつもベルリンだった。そのうちの一度、例のシリア人に会ったことがある。
波音の表情が曇った。
彼の悲惨な死が、沖島に影響を与えたのは明らかだった。
「良いところだなあ」
西野が煉瓦造りの家を見上げ、ぼやくように言った。それこそ彼は学生寮で、やんちゃな外国人に悩まされながら作曲の勉強をしている。
「全く、スバルは恵まれ過ぎだ」
西野は、いつも波音がするように口を尖らせた。
「環境にも、友達にも、才能にも」
前を歩くヘニングはその不満を背中で聞いていたが、やはり硬い真面目な声で返答した。
「スバルはいつもケイジのこと天才だと言っています。君も、環境と友達と才能に恵まれてるんじゃないですか」
「……まあ、そうかも」
言い返そうにもうまく丸め込まれ、西野は決まり悪そうに後ろ頭をかいた。
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