届いたチケット

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「ただいまぁ」 12月の中旬。明日から学校は冬季休暇に入るため、数ヶ月ぶりに自宅に帰ってきた波音(はのん)。 ワインレッド、ハードタイプの小型スーツケースを玄関に引っ張り入れる。 家の中は相変わらずシンと静まり返っており、物音一つしない。波音は鼻息と共に肩を落とし、ドアを閉めた。その音が一人の空間にやけに響く。 ポストから取ってきた手紙の束をダイニングテーブルに置くと、コートもニット帽も脱がずにとにかく台所に向かう。 通りで先程買ってきたばかりのピエロギ(見た目が水餃子にそっくりな食べ物。具はマッシュポテトやチーズ、マッシュルーム、ソバの実など)の袋を皿に移した。それをレンジに。 ここはポーランドの首都ワルシャワから西南へ約350キロにある、ヴロツワフの町。ポーランド第4の都市だ。 かつては大炭田が見つかり、略奪を繰り返されて様々な国の一部となった、古く独特の歴史を持つ場所。 1945年にポーランド領になったこのヴロツワフの中心には美しいオーデル川が流れている。 そこから少し離れたアパルトメントに、波音は両親と共に住んでいた。 父がこの場所を選んだのは、母との出会いの場だったから。 おめでたい彼の選択の結果、波音はワルシャワのフレデリック・ショパン音楽大学に通うため、近くの寮を借りなければならなかった。 電子音が鳴り、その間に防寒具を脱いできた波音はいそいそと台所に戻った。 ポカポカの自動暖房の中ではセーターでも暑いくらい。一人でいるのをいいことにそれも脱いで半袖のトップスになると、無表情のままレンジから皿を取り出した。 ゴトンとダイニングテーブルに皿を置き、スマホをチェックしながら座る。 通知はない。 「もうっ、(すばる)のバカ」 恨めしそうに画面を見ながら、低い声で悪態付く。怒り任せにピエロギを頬張った。 「熱っ!」 吐き出したいところを何とか堪えて、涙目になりながらハフハフ息を出し、喉の奥に通す。 水で流して、息を吐いた。 恋人からは何の連絡もない。 波音は積み上げられた封筒に手を伸ばした。大抵は両親宛てのものだが、偶に自分へのものも見つける。この度もそれがあった。 「西野? 珍しい」 差出人の名前を見て首を傾げる。彼は波音のスマホの連絡先を知っているはずなのに、なぜわざわざ? もう一つピエロギを口に放り込み、波音は急いで封を切った。 折り畳まれたピラピラの便箋から滑り落ちたのは……。 波音はそれを両手で素早く掴んで、端の吊り上がった大きな目を丸くした。
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