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タクシーが優輔のマンションへ着いた。
お金を出そうとする優輔の手を、藤谷はやんわりと止める。
「いいですよ。優輔さん、どうせ通り道なんですから」
「でも、さっきのお店でも奢っていただいたし……」
「だって今夜は優輔さんの歓迎会だったんですから。……また今度奢ってください。豪華なディナーでも」
いたずらっぽく藤谷はそう言い、笑って見せた。
優輔はそれでも少しのあいだ躊躇っていたが、やがてすまなそうな顔で丁寧に頭を下げる。
「本当にありがとうございました。今度は絶対に奢らせてくださいね」
「是非。それじゃまた明日」
春休みでも教師たちは学校がある。
「はい」
優輔はまさに天使の微笑みで応えてくれ、タクシーから降りるともう一度深々と頭を下げた。
優輔の姿が見えなくなると、藤谷は運転手に自分のマンションの住所を言い、ゆったりとシートへもたれた。
こんなふうに藤谷の胸を切なくさわがせ、でも、たまらなく幸せな気持ちにさせてくれる人は優輔が初めてだった。
ゆっくりと時間をかけて彼を手に入れようと思った。同性だから、急いではダメだ。
明日から一緒の職場で働き、毎日のように顔を合わせるのだ。時間はたっぷりあると藤谷は思っていた。
――けれど、その余裕ともとれる気持ちが、焦りに変わってしまうまでには、それほどの時間はかからなかった。
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