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「一つ願いをかなえよう」
それは唐突な申し出だった。
「私はこれでもこの国を守る神獣だ。竜だ。だから人の願いをかなえよう」
それが一つの契約なのだと巫女は気づいた。
巫女を差し出すから、この世界を守ってくれるよう約束したように。
これまでよく働いたから、一つだけ死に際に願いをかなえようと。
あぁ、でもそれはずるいと思った。
こんな死に際に願うことなどもうほとんどない。
彼を思うなら、自分は明日死ななければならないし、それがまた彼にとっても自分にとっても幸せである。
だから巫女が。願うたった一つの願い事は一つ。
「来世もまたともに、おそばに仕えさせてください」
そう歴代の巫女たちは言ってきたのだ。
一言一句変わらず。
貴族の娘に生まれ、家族に愛され、優しい家に育ち、巫女として選ばれ、ドラゴンとここで穏やかな日々を過ごすことこそが幸せだったから。
けれど……。
なぜだろうか。互いを信じ寄り添い、小さなことに一喜一憂し、毎夜添い寝する。その65年間のぬくもりの日々を否定されたことに老女は腹を立てていた。
だから、彼女は言ってやった。
「ならば、来世は私をスラム街にお捨てください」
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