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「おでんってさ……横文字で書くとカッコいいな」
「なに? 藪から棒に……ODEN……ああ、たしかにちょっとカッコいいかも」
熱気のこもる店内で、ちくわぶを咥えながらふと呟いた。そんな些細な一言にも反応してくれる優しい声に今日もホッとする。
チラリと横を見ると、彼女は熱々の大根と格闘中。コの字型にカウンター席だけが並ぶ狭苦しい店内には、自分と彼女の他に男性客が一人だけいた。
「正月にさ、俺、実家に帰ったんだわ」
「うん、聞いたよ」
はふはふと二人そろって口から湯気を出しながらの会話は、二人の冬の風物詩だ。少し行儀が悪いけれど、そこはご愛敬。
「おでん食べたんだけどさ、餃子巻きが入ってたわけよ。知ってる? 餃子巻き」
「餃子巻き? 餃子を巻いてるの? 何で?」
今度はちゃんと飲み込んでから、こっちを向いて首を傾げる彼女。こうやっていつでもちゃんと目を見て話すのって、本当にすごいことだと思う。
「魚のすり身で。ウインナー巻きとかと似た感じ」
「へー。おいしいの?」
「まあそこそこ。別に、特に好きな具ってわけじゃなかったんだけどさ……久しぶりに食べたらなんか懐かしくて……こっちにはないから」
「ほー」
なんてことない、他愛のない会話。ただそれだけで幸せを感じられる。キミも同じように思ってくれてるといいな。
「もっと顔見せろって言われた」
「忙しいからねぇ」
今度はこんにゃくを口に運ぶ。口に広がるだしの味はおいしいけれど、やっぱり少し濃い気がする。故郷が恋しくなるのが案外こんな何気ない瞬間だったりすることに気づいたのは、一体いつのことだろうか。
「親父もお袋も、前会った時より老けてた」
「そりゃあ、時の流れってのはそういうものなのですよ」
彼女のおどけた口調は機嫌がいい証拠。決して酔っているわけじゃないとわかる。だって、酔うとすぐに眠っちゃう人だから。
「……今度帰ってくる時は嫁を連れてこいって」
「……」
箸を握っている手が一瞬、動きを止める。
「……孫の顔を見せろって」
「……それ、私どういう反応すればいいの?」
彼女はたまごを箸で綺麗に半分に割りながら、軽く苦笑い。
「俺さ、サプライズって絶対しくじると思うんだ」
「……うん、だろうね」
俺がしくじるさまを想像したのか、彼女の口元には薄っすらと笑みが浮かんだ。
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