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「それだけじゃなくてさ、他にもいっぱい、たくさん、色々、間違えると思う」
「そんなのお互い様だし、今更だよ」
いつもと違う雰囲気に耐えかねたのか、彼女はそっと箸を置いた。
「っていうか、今のこの状況も……たぶん間違えてるんだと思う」
「自覚はあるんだ?」
優し気に下がった目尻といたずらっぽく微笑む口元。いつも通りかと思ったけれど、膝の上でぎゅっと握り締められたこぶしはあまり見慣れたものじゃない。でも、思い返せば、真剣な話をするときはいつもこうだった気がする。
「面目無いな」
「いいよ。もう慣れたから。……で、続きは?」
「うん。それでさ……えっと……何言いたかったんだっけ?」
「私に聞くなバカ」
さりげなくって思ってたのにな……。うまくいかない自分に嫌気がさす。それでも今日は、絶対に逃げちゃダメだ。そう自分に言い聞かせて、少し前からポケットに入れていた手で小さな箱を握り締める。
「それでさ、色々間違えてきたと思うけど、キミに出会えたことだけは、絶対に間違いじゃなかったって、そう思うんだ……黄身だけに」
「…………やりなおし」
たまごを指した人差し指は、冷ややかな声と視線を浴びせられながら、曲がっちゃいけない方向にへし折られた。
「いったぁ……」
自分でも今のはないと思った。
それでも、ちゃんと待っていてくれる彼女のために、咳払いして気を取り直す。
「んんっ! とにかく、ずっと隣に居たいって、そう思うんだ。本気で」
「………………」
彼女は俯いてしまって、その表情を窺い知ることができない。長く続く沈黙に、どうしようもなく不安になってしまう。そわそわと店内を見回してみると、いかつい大将のサムズアップを見つけた。それに少しだけ勇気をもらってから、大事な言葉を付け足した。
「えっとね……その、つまりは……俺と結婚してください」
「…………ここ、おでん屋だよ?」
長い長い静寂の後に返ってきたのは、か細い声の疑問形。
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