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男性に抱きかかえられているのを感じているのに、不心得にも私の体は動こうとはしない。
その理由と聞かれたら、階段を落ちかけた驚きと、助かった安心感と応えたいところだけど、ホントはそのぬくもりが心地良すぎるからだ。
「大丈夫?」
抱きかかえられた頭の上からそんな言葉が耳に入って来た。
その言葉で私は正気を取り戻し、直ぐに抱きかかえられた体を起こした。そして、見ず知らずの若い男女にとって適正な距離を素早く取った。
「あ、あ、ありがとうございます」
私の前に立っていたのは、長身の細マッチョ。爽やかな笑みを向けるその顔は、少女漫画にしか存在しないようなイケメン。
「あ、あ、あのー」
何か話したいけど、お礼以外に何も浮かばない。
そう、それに私は急がなければならないのだ。
「ごめんなさい。急いでいるのですみません。本当にありがとうございます」
私はそう言って、バッグと、その中身から落ちたものを急いで拾うと。今度は転ばないように階段を駆け下りる。
何だか、もったいなかった気がする。
後ろから何か声が掛けられているけど、恥ずかしいのと急いでいるのとで頭の中まで入って来ない。
ただただ運命なのかもしれない出会いを、あっさりと捨ててしまった運の無さが悔やまれる。
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