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初めて瑛介にそういう意味で好きだと言われたのは今から約十年前――らしい。まだ二人が高校生だった頃だ。
今でこそ一八五センチという長身の瑛介だが、中学まではチビで気も弱く、おまけに泣き虫。ガキ大将気質の一志の後ろを「カズくん、カズくん!」と、いつも着いて回っていた。
一六八センチで成長が止まってしまった一志の身長を、高校生になった瑛介はあっという間に追い越した。それでも元来の気質はそう簡単に変わるものではない。だから、キラキラした目で「俺、カズくんが好き!」――……そう言われたところで、「何を今更」というのが一志の正直な感想である。
「この十年間、ずっとカズくんだけ好きだったんだ。ねぇ、そろそろ真剣に考えてくれてもいいんじゃない?」
「女をとっかえひっかえしてた奴が何言ってんだ。寝言は寝て言え」
六月のあの蒸し暑い日――瑛介に「ムラムラする」宣言をされてからというもの、似たような問答を繰り返す日々だ。
身長が急激に伸びはじめた高校一年生から、瑛介の人気は身長と比例して急上昇した。それでなくとも元々可愛い顔をしていたのだ、背が伸びれば見栄えは抜群。それでモテないわけがない。急に持て囃されるようになり、最初こそ瑛介は戸惑っていたはずだが、気付けば会うたびに瑛介の隣には違う女がいた。
「いったい何年前の話してるんだよ!」
「ほんの数年前だ」
「い、今はそんなことしてないし……それに、あの子たちのことは別に好きじゃなかった! ただの性欲処理だから!」
「……それお前、相当なクズ野郎だぞ」
「割り切ってくれる女の子としか遊んでないもんっ」と、瑛介はぷんっとそっぽを向く。
何が「もんっ」だ。まったくもって可愛くない。なぜこんな男がモテるのだろうか。理解不能だ。
「カズくんが抱かせてくれるんだったら、もう他の女の子と遊んだりしない。カズくんだけを見るよ」
「いや、見なくていいから。今までどおり思う存分女と遊んでろよ。んで、一回や二回や三回くらい痛い目みやがれ!」
これは断じて、自分が女にモテない僻みではない。
一志は昔から、女より男にモテるタイプだ――ただし、こんな変態からのラブコールではなく、純粋なる可愛い後輩たちから慕われやすい、というだけに過ぎないのだけれど。
これが「抱かせて」から「抱いて」にシフトチェンジしたのは、瑛介の通い妻生活も二ヶ月を過ぎ――七月も半ばに差し掛かった、ある日のこと。
「ねぇ、カズくん」
「絶対嫌だ」
向かい合って夕食をつつきながら、いつになく真剣な声を出す瑛介に、先回りしてぴしゃりと拒否をした。
暑さで食欲の落ちる一志のために、瑛介は毎晩趣向を凝らしていた。その日の夕食は〝ササミの冷しゃぶ 棒棒鶏風〟と〝麻婆豆腐〟だ。麻婆豆腐のほどよいピリリとした辛さが食欲をそそる。どうやら今回の新入りは豆板醤と花椒らしい。知らない間に調味料がどんどん増えていくことにも、もう慣れた。
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試し読みは以上です。
続きはkindleでお楽しみください。
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