第一章:知らせ

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二人が立ち寄ったのは、『菊野屋』といううどん屋さんだった。 夫婦で切り盛りしているお店で、店内は所どころガタがきていたものの、うどんの味は一級品だった。 真子はとろろうどんを、そして俊矢は天ぷらうどんを注文した。 注文を伝えるときに、「おや、彼女かい?」と店主である菊野健二の妻の繁子さんはふたりを冷やかした。 俊矢は、 「ち、違います、ライブ終わりにたまたま一緒に来ただけです」と慌てて否定していた。 手のひらを胸の前で振る彼の動きがコミカルで面白かったことを鮮明に覚えている。 店で何を話したのかは覚えていないが、俊矢を異性として意識し始めたのは菊野屋だったことは覚えている。 一緒にうどんを食べてからというものの、二人は一緒に様々なアーティストのライブを見に行った。 真子の好きなアーティストのライブへ行くこともあったし、彼の好きなアーティストのライブへ行くこともあった。 彼に教えてもらい、以前には知らなかったアーティストのライブへ行くにつれて、真子の部屋に置かれているラックのCDの枚数は段々と増えていったのだった。 そういえば、俊矢あのライブの時泣いてたなぁ。鼻水も垂らしてたっけ。 真子はそんなことをふと思い出した。 手紙を書いているうちに感傷に浸ってしまった。 結婚することを伝える手紙をかいたので、思い出がつい蘇ったのだ。 真子に母親の記憶は一切なかった。 生まれてからすぐに他界してしまったからだ。 本山真名、享年28年という若さだった。 死因はトラックとの衝突事故によって頭部をアスファルトに激しく打ち付け、大量出血したためだと聞いている。     
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